ほら見て、今日も陽が昇るわね。この空のように、いつか私たちの未来も―――
粉塵のせいで曇る空。それでも夜を朝へと変える微かな光を見て、彼女はそう言った。彼女の温もりを手のひらで感じながら、俺もこの空が晴れ渡るのを信じていた。
だが俺の命が尽きる時も、空が晴れることは無かった。目の前は暗いまま、絶望の中、神に見送られて俺の人間としての生涯は尽きた。
「ここは人工的な光しかなくてつまらない」
そう嘆いたのは、旧式の人型デュエマシーンだった。
真夜中の暗がりの中、崩れ落ちた瓦礫しか映らないモニターを眺めながらふうと溜め息を吐いてみせる。機械の分際で妙に人間らしいのは、神の戯れの産物だからだろうか。
「なにを下らないことを言っている」
本来、デュエルしかする事が無いこのマシーンは、暇さえあれば荒廃した外の景色を眺めていた。俺がなにか役目を与えても、それが終われば外を眺めている。もしくはプログラムの更新―――端的に言えば、眠りこけている。
「陽の光が恋しい」
窓とか付けようよここにも、と言うポンコツに蔑みの視線を投げやると、「またそんな顔して」と帽子で隠れた顔をしかめた。
「窓を付けても陽の光など入らん。貴様はいつもなにを見ているのだ、この空が晴れることなど無い」
昔と何ら変わらない。いや、人の手が入らない分、更に朽ちているようにも見えた。毎日朝は来れども光は広がら
ず、太陽は重い雲を通して微かに地上を照らすばかりで、あっても無くても変わりはない。
未来を救わない限り、この景色は変わらないままだ。
「そんなことない」
ほら、と言う声でモニターを指すそいつにならい、そちらに目をやる。先ほどまで濃い藍色をしていた景色は、徐々に惨憺たる有り様を明かしていった。
瓦礫の最中、辛うじて立つビルの根元から空が明るくなっていく。雲の濃い影が消えていき、朝を迎えた地上。なんの変哲も無い、今日の始まり。
「……こんなものを見てなにが楽しい。下らん。俺は行く」
くるり踵を返して歩き出そうとした時、「待って」と手を掴まれた。ぐん、と腕を引かれイライラと振り返るが、奴はモニターから目を離すことはなく、ただじっと夜が明けるのを眺めている。
「なんのつもりだ離せ!」
「もう少しだから、ほら見て」
―――今日も陽が昇る。
その言葉が合い言葉のように、空が真っ白に輝く。重い雲の間から、白い太陽が顔を覗かせて、地上を照らした。
太陽を、雲の上の景色を見たのは、いつぶりだっただろうか。
「変わらないように見えても、少しずつ、なにか変わっているもんだよ。この空のように、いつか、俺たちも」
赤い帽子の下、奴が微笑む。いつか聞いた言葉。いつか見た景色。いつか感じていた手のひらの感触。あの時、一瞬で消え去ったものが、また俺の傍に―――「……ふ、ざけるな……」
思わず出た言葉はきちんとした言葉にはならず、歯噛みする口内で消えていった。「どうかした?」と強く握られた手に何故か温度を感じ、指が弛緩していく。
「プラシド」
モニターばかりに向いていた身体を俺に向け、少しだけ膝を折って俺の顔を覗き込む。俺が俯いた時、こいつはいつもこうやって顔を覗き込む。俺が目を覚まして、こいつと時を同じくする間、いつも。何度も。
「……デュエルしろ」
「は?」と俺の顔を伺うそいつは、更に首を傾げた。
「デュエルをして、俺に勝ってみせろ。そして―――」
そこまで言って、はっと我に返る。
怪訝そうにしていたそいつの顔は、俺の言葉を理解したかのように綻んでいた。
胸の内からなんとも言えないものが湧き上がり、血液を持たないはずの身体がみるみる火照っていく。
それを悟られまいと奴の手を振り払い、背を向ける。遅れてついてきた裾が脚に絡むのと同時に、後ろから吐息のような笑い声がした。
「いいよ、デュエルしよう。いやあ、負けらんないなこれは」
ぱちん、とデッキホルダーの金具が外れる音がする。やおら丁寧にデッキをシャッフルしながら、「ていうか勝率は俺の方が上だけど」と奴が言う。
そんなことは解っている。俺はこいつからデュエルを学んだのだ。こいつが俺よりも強いのは、当たり前と言えば、当たり前のこと。
それでも、確かめずにはいられなかった。こいつがこれから先も、俺と共に居られるのかを。あの仄明るい朝を、共に見ることが出来るのかを。
「俺がなんの成長もしていないと思われては困る。勝ち続けてみせろ。そして―――」
視界の端で、光が溢れる。モニターに写った、あの太陽の光だ。
「あの厚い雲を裂いてみせろ。俺のために」
そいつはわざとらしく肩をすくめると、「イエス、マイロード」と胸に片手を当て、膝を折ってみせた。
何故か笑いが込み上げ、それを堪えて「ポンコツめ」と罵倒すると、「ひどいなあ」と、顔を緩ませた。
こんなにも心地よいのに、胸の奥からじわりじわりと漠然とした不安が広がってくる。
それでも、こいつと共にあればそれも消えていくのだろうと、根拠もなく、そう感じていた。